ノースカロライナ日本人ブログ <続>またチキン食ってる〜チャペルヒル生活ブログ

関西育ち、英語力ゼロ 女子力ゼロの36歳女子がLGBT旦那ちゃんと、国際結婚してみた!NZのウェリントンでのワーホリを経て、今度はアメリカに住むことに!なったのは、いいけどいきなりノースカロライナかよ!

タグ:アメリカ

引越し&旦那ちゃんの家族が来て2日目。お疲れだった私たちは、美味しいビールとおつまみが食べられるカルボロのバーに行ってきました。

*Spotted Dog Restaurant & Bar
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出迎えてくれたのは「プリンセスバブルガム」のコスプレをしたお姉さん!!

とにかくお姉さんが可愛かったので「オーマイガッ!プリンセスバブルガムじゃないですか、めちゃ可愛い」って素直に伝えたら、お姉さんも「誰もコメントくれなかったんだよねぇええ(泣)!」と言っていた。この日はハロウィンの前日の日曜日で、お客さんもまばらだった。
ブリンセスバブルガム
↑この絵はアドベンチャータイムが好きな旦那ちゃんに描いてもらいました。

お店はカルボロという街の伝統的なストリートの端っこにあって、お店自体も三角形。真ん中にはバーがあり、地元の人が描いたであろう絵画や写真がたくさん飾られていました。
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お養父さん、若干見切れていますがこの日は大変頑張ってくれまして。朝から壊れた窓を丸ごと交換してくれました。ただ外さないでいい部品を外してしまい、1日に2回もホームセンターに行ってクタクタだったのです。

さてさてみんなで地ビールで乾杯。なのですが、私はお酒を飲むと2秒で寝てしまうので、地元のジンジャーエールをいただきました。味が!濃くて!美味しい!!!(バカな舌)
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お店の雰囲気はどこか懐かしくて、薄暗くて、快適。雰囲気が良くて、ゆっくり一人でも飲めるような静かなお店です。若者の多いチャペルヒルとは違い、大人の雰囲気が良い!

そして〜今夜私がいただくのは!安定のハンバーガー!!!今日は色々やって疲れたので、良質なプロテイン&カロリーを取るために「Carolina Pub Burger」を注文。
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旦那ちゃんも同じものを頼み、彼はピクルスのフライが大好き!らしくて、サイドメニューとして注文していたけどこの日は売り切れだったので、肩を落としてめちゃめちゃ残念がっていた…。かわいそう!どうやって、あんなに水分が多いピクルスを揚げるのか?
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こっちは私のきたけど、何でこんなバランス悪いのっっっ?!倒れてるけど!

店員さんも「ごめん、なんかバランス悪くなっちゃったから、気をつけて食べて」とか言っちゃってたよ。まあいい。私はアジアンごまだれサラダをサイドに選びましたが、思っていたごまだれじゃなかった。めっちゃアメリカナイズされてて、むしろ中華風だった。

アジア広いからな。

アメリカ人たるもの、ハンバーガーは潰して食べるのが当たり前ってことで、ブッチュっと潰していただき。

まずお肉のジューシー加減、グリルの味がしっかりして、美味しい!!!さらにさらに、野菜もフレッシュでオニオンリングもサクサク。一番美味しかったのは、ステーキソース。甘辛くて、後からちょっとピリッとして深い味がして美味しいぃぃ。
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デザートには「小麦粉不使用のチョコレートピーナッツ バター トルテ (ビーガン & GF)」を注文。家族全員でシェアしましたが、濃厚なチョコレートとピーナッツバターのトルテにチョコレートシロップをかけたもの…めちゃんこ濃厚でした。ほぼピーナッツバターとチーズだったよ!!!

ハンバーガーにこれだけ野菜が入っていると、何だか健康的なものを食べてるような気分になってしまった。それがアメリカの怖いところ。カロリーを取っているのに、ちょっと野菜が入っていると健康に思える。食べきれなかったらもちろん!お持ち帰りができるから、大丈夫でした!

こちらのお店はヴィーガンオプションもほとんどのメニューに適応できるそうです。ヴィーガンのお友達がいても安心だと思いました!!

*今回注文したもの
・カロライナバーガー20ドル
・小麦粉なしチョコレート ピーナッツ バター トルテ (ビーガン & GF)7.5ドル
・瓶ジンジャーエール 5ドル


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◆ 前回の外食記録はこちら!


抜糸した次の日・・・軽い足取りでコロナのワクチン摂取行ってきました。
アメリカのパンがまずい
日本ではようやく始まろうとしているワクチンですが、すでに私たちは
1回目の摂取を終えて、2回目!のワクチンに行ってきました〜。

1回目のワクチンは、大規模会場にて軍隊の方が、摂取してくれるのですが
(しかも軍隊の人が、あんた15歳でしょって、言ってきたのが印象的だった)

今回は足の骨折のこともあり、近くのドラッグストアを選びました!

部屋に入るなり先生に「どうしたん足?」と言われ、説明・・・
「そりゃ災難だったわね、絶対うちの子も骨折るわ〜いつか。落ち着きないと骨折するよねぇ」
ってな感じで、先生笑ってました。「落ち着きがない・・・え、私?

そして15分はアナキラフィシーショックの対策のため、その場に待機。
先生がOKと言うと帰ってよろしい!となります。ここまではよかったのですが・・・

10時くらいに接種して、その後フレッドマイヤーでショッピングさえ楽しみ
普通にお昼ご飯を食べ、お絵かきをして過ごしていたのに

急に16時くらいに、悪寒がするようになりました。
マジの歯と歯がガチガチするような、そんな感じです。
コロナショット後
ポートランドは普通に25度とかの気温なのに、寒くて死ぬかと思いました。

お養母さんから「何か必要なものある?」聞かれたので
「だいじょぶやけど、まじで凍るほど寒いよ」というと、まんまみーや、
クローゼットの毛布をかき集め、ぐるぐる巻きにしてくれました。

旦那ちゃんは、その日はなぜか大丈夫で、車のディーラーに行って、車を買ってくるほど元気。
車買いました
↑ うちの旦那さん、まさにこんな感じで帰ってきました。

でも次の日に私と共に、微熱と気持ち悪さでダウン。
私はお昼ご飯を全部吐きました。彼はずっと寝てました。
コロナのショット後寝る二人
これが言ってた「副反応」なんだな、と感じました。

コロナウィルスのワクチンに関しては、いろいろな意見があることは承知しています。
しかし、私個人としては「接種すること」を選びました。

骨折している状態で、コロナなったらキツイんで・・・
さらに、オレゴン州はワクチンした2週間後?には、マスクとってもいいぜ!
みたいなことになっているので、そんなん絶対夏にマスクきついわ〜

って感じに、まあ結構安易な考えかも知れませんが、私以外の人類を守るために
必要な選択だったかと思います。(特に一緒に住んでいる家族たち)

※また副反応に関しては、人それぞれですので、あくまで私の体験記ぐらいで
とどめてくださいませね!

おまけ:日本にいるお友達のJPさん(仮名に果たしてなっているのか?)が
「ブログを楽しく読んでるよ〜」と、連絡してくれました!
これは嬉しい!と思っていたら、なんと!お母様まで!読んでくださっているとのこと!

リハビリ開始1
そして、骨折経験者の方にも読んでいただいているようで!
ありがたき!幸せですね!

本当に語彙力のないブログで申し訳ないと言うか、私の親からしたら
文化系で、しかもカウンセラーになるために、大学に行かしたのに
アメリカで、ニートでしかもしょうもないブログ書いてるとなると・・・笑

お母さんに謝りたい。けど、自由にさせてくれ・・・!今は!!!笑
と言うわけで、このまま続けたいと思います。この骨折ブログ!

エアーキャスト装着編に続く!

いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。
次の「ギブスから解放の章」に行く前に、今までに起こったことハイライト。
記憶にございません
このブログは全ては私の日記をもとにした、ノンフィクションお送りしています。

4月1日:関西空港から出国、ハワイでトランジット。
初めてアメリカのオレゴン州ポートランドに到着。アメリカ移住生活開始。

4月24日:お世話になっている旦那さんの実家のデッキ撤去工事開始。

4月25日:デッキ撤去の際、デッキの下部が腐食していたため、
近くでみていた私が逃げきれず、デッキのフレームの下敷きに。頭と足を強打。
そのまま緊急病院へ搬送。「右足腓骨と足関節骨折」。ギブス生活開始。
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4月27日:深夜に吐き気が止まらなくなり、一睡もできず。
そのまま朝に2度目の緊急搬送。事故後のショックが原因。2時間の点滴。
2回目の搬送
4月29日:初めての外科医での診察。外傷がひどいため、手術が1週間後となる。
ここで新しいギブスに変更。少しずつ腫れが引いていくが、剃刀で肌を削がれるような感覚が襲う。
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4月30日〜:毎日のように、悪夢を見るようになる。よく眠ることができず
少しずつ、精神が崩壊していくのがわかる。ほぼ寝ているか、泣いているかの状態になる。
骨折は孤独だ7
5月2日:事故後初めて、お風呂に入る。
ちょっとだけ人間らしい暮らしができるようになる。
お風呂2
5月7日:人生初めての全身麻酔手術。手術は1時間ちょいなのに、死ぬほど寝た。
手術ではプレートと、ボルト固定。2週間後に経過観察とのこと。
手術後
5月8日:「オキシコドン」の服用開始。痛みに負けて、4つ服用するも
眠くて眠くて、寝てばかりいたため、丸2日くらい記憶喪失。
手術後の足
5月9日:高額請求書を見て、アメリカの医療保険制度に驚く。
後日、医療保険からお金は入るものの、一旦は払うことになるため
義理のお母さんにお金を建て替えてもらうことに。
本人評価額
5月10日〜手術後から1週間ほどは、すこぶる、調子が悪い日が続いており、階段を降りて
家族と食事を共にすることもできない日が続きました。

毎日足がうずいて、眠れないし、途切れ途切れの睡眠をとる毎日。
本を読んだり、英語のアプリをやったり、ブログを立ち上げる準備などをしながら
ほとんどの時間をベッドの上で過ごしました。
オキシコード飲んだひ
骨は手術によって、安定しているのですが、絶対負荷はかけてはいけない状態。
むくみを防止するために、足を高く上げている必要があったので、快適な生活ではありませんでした。

しかもこの時は、かなり精神的にしんどい時期でもありました・・・
アメリカのおうちにお世話になっているだけでも、申し訳ないのに
ケガまでしてしまって、さらに申し訳ない気持ちでいっぱいになり。

「お水を持ってくる」「お風呂に入る」「お菓子持ってくる」など
全てのことが、一人ではできないそんなストレスがすごかった!

なぜなら、何かしたいことがある→松葉杖で移動→両手が使えない→持ってこれない
からなのだ!なんたる不便!そして体力がどんどん無くなってゆく・・・

なので、病院のドアが「引き戸」だったときや「スロープ」の角度が急勾配(松葉杖にとって)
だった時には、本当にキレていた。私をなんだと思っているんだ(謎)

今思えば、コンビニとか引き戸やし、JRも昔はエレベーターなかったし
全ては「健常者」が利用しやすい世界であって、それに今気がついてしまった私自身にも
かなりムカついてしまった。

NPOで働いていた時に、障がい者の人たちのために働きたい!と思って
入社したんだけど(アメリカ行きが決まったので2ヶ月しか働けなかった)

本当に、私は「障害」ってものを何もわかってなかった。
こんなに不便で、色んな人の助けがないと、何もできないってことも知らなくて
この怪我がなかったら、こう言うこと分からずに生きていたんだろうと感じます。

確かに今の状態は「不便」だとは思うけど、今の私は「不幸」だとは思っていなくて
ある方のブログを読んだ時に「美味しいご飯が食べられて、生きてるだけでいい!」と言う
ようなことが書かれており、そうだよなあと、心から思います。

このブログを読んでくださる方にも、お礼を言いたい。
本当は「初めてのアメリカ☆キラキラライフ」をお届けしたかったのですが
そんなの読んでもきっと誰も読まんだろうと。

この骨折によって、イラストを描くのを仕事にしようと思ったり
またライターとして、文章書いてみようかなと考えるきっかけにもなりました。

これからのリハビリが長くて、まあままキツイかと思いますが、
昨日よりちょっとでいいから、良い日にしようって、地道に努力するしかないわな。
他人と比べず私のスピードで乗り越えていけたらと思います!
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それでは第2章〜脱ギブス生活に移る!
※ちなみに私、ブログでずっと「ギブス」を使っていますが、椎名林檎好きなので。
あと英語では「キャスト」です。


処置した夜は足が疼いて、あまり眠れませんでした・・・
まだ、足が固定されている状態で、しかも足を高くして寝ないといけないなんて
いつになったら、なれるのか・・・と絶望。

痛み止めを飲みながら、痛みは騙し騙し生活しており、ベッドルームから階段を上り下りは、難しく、みんなと食卓を囲むこともできません・・・

なので一人で、義母さんが作ってくれた「お味噌汁」をベッドの上で、飲みながら泣きました。

頑張って、元気になろと思っていたその日の夜9時。
急に気分が悪くなり、頭もフラフラします。なんか回っている感じ。
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ああ、お腹すいたからかな、と旦那ちゃんを起こし、バナナと牛乳を飲みます。
今までにも何度か、胃酸が上がってくる感じがあったのですが、こんなに気持ちが悪いなんて。

どうにか寝ようとしてみて、ちょっと寝てみたらまた吐き気が。
トイレに行ってちょっと吐いて、また戻り「すごい胃酸が上がってきたよ〜」
旦那ちゃんにいうと「お水しか飲んでないからかな?パンでも食べる?」とのこと。

お薬も飲みつつ、本当に小さな小さな塊のパンをかじるのですが、もう気持ち悪くて気持ち悪くて。
とにかく出せるものを全て出して、まだ寝床に戻るの繰り返しです。

最終的にはベッドからも起きられず、とにかくビニール袋にずっとずっと透明な液ばかりを吐き出し続けました。しかも6時間くらい。6時間くらい!

朝6時まで耐え、フラフラながらにトイレに行くと、旦那ちゃんの両親がとても心配そうにみています。
お医者さんも言っていたようなのですが、私が事故の時に頭を強くぶつけたことが
原因となって、吐き気が遅れてやってきたそう。

その吐き気のせいで、体中の水分が抜けて、手もシワシワになりました。このままじゃいかんだろうと、すぐにemergencyへ電話。送ってもらった車の中でも吐きそうになりました。
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一昨日と同じナースが、介抱してくれました・・・・
車椅子でベッドまで移動すると、さ、さむい、、、もうグルグル回るし、あれ?みんな暑いのまさか?わし、すごい寒いど。。。。。知床にでもきたんでしょうかね・・・・。
2回目の搬送
ギュンギュン私の身体の中に入っていく点滴。4L。ぎゅーーーーーーんって栄養と水分を補給し、少しずつ回復。2時間ほどの手当てをうけて、ベッドでスヤスヤ眠りました。

ナースがくれた、暖かい毛布の温もりを忘れません。(ちゃんとあっためてくれてた★)
運ばれてきたときは本当、死ぬほど寒かったので。

そして・・・・ピッかーん!人間に戻った〜〜〜〜という感じでした!
家に帰ると、ちゃんとご飯、食べられました。頭のダメージって、怖いね、、、、

続く・・・



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